大正9年(1920) 12月17日「岡山エスペラント協会設立  わが国での普及に貢献」
言語の障壁撤廃のためポーランドのザメンホフが人工国際語を開発したのは明治二十年。岡山におけるエスペラントの導入は三十六年に六高の英語教師として赴任したイギリス人のガントレットの紹介による。六高や家庭での講習会、通信教育などで普及を図り、参加者には夫人の恒子やその弟の山田耕筰はもちろん上代淑や山川均といった名前も。日本初のエスペラント語の印刷やエスペラント・英語辞典などは、印刷所を営む村本達三や赤城久太郎らの尽力で岡山から出版され、我が国のエスペラント運動をリードした。日本での学会が創設された翌年の今日、岡山エスペラント協会が設立された。

(参考図書:岡山県広報協会『おかやま365日』より)

※本書の内容は、平成15年(2003)発行当時の記述となります。文献により月日や事実に異同が見られるケースもあり、その記述等に検証が必要な箇所も含まれますので、あらかじめご了承ください。