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和気清麻呂公像
和気町)
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和気 清麻呂わけのきよまろ

(733〜799)

 奈良・平安初期の律令官人。
 備前国藤野郡(現和気町)の生まれ。
 恵美押勝の乱に功をたて、称徳天皇の信任を得たが、「道鏡事件」で道鏡の陰謀を阻止したため、「別部穢麻呂」と改名され大隅国(現鹿児島)に流された。なお、光仁天皇の即位とともに赦された。
 清麻呂は庶務に練達、古事に明るく「民部省例」20巻「和氏譜」を作成している。また、土木技術に才があり、平安遷都にも造宮大夫として力を尽くした。さらに故郷備前の国でも郡民の負担軽減や飢饉救済のために多くの業績を残している。
 姉広虫(法均尼)とともに郷土の誇りである。
【参考資料(岡山県立図書館所蔵)】
「和気氏と藤野村」(竹内峰太編・刊、昭10)
「和気清麻呂公」(岡山県教会編・吉田書店刊、昭15)
「純忠大和気公」(岡山県教育会、研文館、昭18)
「和気清麻呂」人物叢書(平野邦雄、吉川弘文館、昭39)
「和気清麻呂の氏姓と和気氏の祖先伝承」(瀬良益夫、就実論叢11号、昭57)
「日本史探訪」16(角川書店、昭51)
「和気清麻呂と備前の開発−人物風土記・岡山の開発者(25)」
  (三好基之、グラフおかやま343号、昭60.4)

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