緒方 洪庵おがたこうあん

(1810〜1863) 


 
蘭学者。備中足守藩士佐伯惟因(これよう)の三男。
 はじめ大坂、のちに江戸で蘭学を学んだ。
 1838年(天保9)大坂に蘭学塾(適塾あるいは適々塾)を開いて、多くの門人を育てた。
(適塾の門人一覧である「姓名録」には637人が署名しており、なかには福沢諭吉、佐野常氏、橋本左内、大村益次郎らの名前も見える。)
 門人の教育と平行して蘭書を翻訳し、『病学通論』など多くの著書も発刊した。
 1849年(嘉永2)大坂で、種痘に成功、1850年(嘉永3)備中足守で除痘館を開き藩内、その他近領の幼児に種痘を行った。

【参考資料(岡山県立図書館所蔵)】

  「緒方系譜考」(緒方富男著・刊、大15)
  「緒方洪庵と足守」(緒方・次郎著・刊 昭2)
  「緒方洪庵伝」(緒方富雄、岩波書店、昭17)
  「緒方洪庵のてがみ その一〜五」(緒方富雄、菜根出版、昭55〜平8)
  「緒方洪庵と適塾」(適塾記念会編、エーザイ、昭55)
  「緒方洪庵適々斎塾姓名録」(緒方富雄編、学校教育研究所、昭42)
  「都道府県別適々斎塾姓名録」(適塾記念会編・刊、昭35)
  「適塾門下生調査資料」第一集(適塾記念会編・刊、昭43)
  「適塾門下生調査資料」第二集(藤野・梅渓編、大阪大学、昭48)
  「緒方洪庵と適塾生−「日間煩事備亡」にみえる−」(梅渓昇、思文閣出版、昭59)

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